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福岡地方裁判所久留米支部 昭和49年(ワ)165号 判決 1977年3月15日

原告

岩田テツヨ

外五名

原告ら訴訟代理人

岩田嘉重郎

外三名

被告

松永廣

外一名

被告ら訴訟代理人

灘岡秀親

主文

原告らは連帯して、原告大石サタエに対し金六六五万九四〇四円と、内金六〇五万九四〇四円に対する昭和四九年九月一〇日から、内金六〇万円に対する本判決言渡の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告岩田テツヨ、同泉ミツヨ、同岩田桂義に対しそれぞれ金一九〇万二六八六円と、内金一七三万一二五八円に対する昭和四九年九月一〇日から、内金一七万一四二八円に対する本判決言渡の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告岩田秋人に対し金九五万一三四三円と、内金八六万五六二九円に対する昭和四九年九月一〇日から、内金八万五七一四円に対する本判決言渡の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告らは連帯して、原告山水商事株式会社に対し金一九〇万九〇〇〇円とこれに対する昭和四九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告山水商事株式会社の被告らに対するその余の各請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決の一、二、四項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  被告らは連帯して原告山水商事株式会社(以下原告会社という。)に対し金三七一万四五〇〇円とこれに対する昭和四九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)事故の発生

被告松永は、昭和四七年七月二〇日午前五時二分頃、岡山県備前市閑谷一七五三番地先国道二号線上において普通貨物自動車を運転中、折から対向して西進してきた訴外岩田桂次の運転するトレーラー(大型貨物自動車)と衝突し、その結果岩田桂次は同日内臓破裂、全身打撲、頸部骨折により死亡した。

(二)責任原因

(1) 被告松永は右国道のセンターラインとの間に相当の間隔をおき、道路左側を進行して対向車との衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、センターラインをこえて道路右側を進行したため本件事故を惹起したものであるから、右過失によつて原告らに蒙らせた損害を賠償する義務がある。

(2) 被告有限会社別府運送店(以下被告会社という。)は前記普通貨物自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義、同大石の損害を賠償する義務がある。

(3)(イ) 被告会社は被告松永を運転手として雇用し、前記普通貨物自動車を所有していたところ、右事故は被告松永が被告会社の業務執行中にその過失により惹起したものである。

(ロ) 従つて、被告会社は民法七一五条により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する義務がある。<以下、省略>

理由

一事故の発生

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二責任原因、過失相殺

(一)  <証拠>によると、事故のあつた道路は、西方から東方に向かつて約二〇〇分の一の上り勾配となつた、センターラインが表示され、車両の交通頻繁な、見とおしのよい、幅員約一〇メートルの直線国道であること、当時岩田桂次は鉄板を積載した前記トレーラーを運転し、右国道左(南)側のセンターラインぎりぎりの地点を西進し、被告松永は前記貨物自動車を運転し、やはり右国道左(北)側のセンターラインぎりぎりの地点を東進していたのであるが、被告松永において右の上り勾配に差しかかつたので惰力をつけて上ろうと考えて加速し、速度計を見ながら前方注視を怠つて進行したため自車が次第に僅かに右に寄つて行くのに気づかず、遂にセンターライン上又はセンターラインを極く僅かに右にこえた地点において自車右前部を前記トレーラー右前部に衝突させたことを認めることができ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

また、前記トレーラーに鉄板を積載する方法が不完全であつたことを認めるにたりる証拠もない。

(二)  右認定した事実によれば、被告松永としては自己同様センターラインギリギリの道路左側を対向して進行してくる岩田桂次運転のトレーラーを相当前方に認めることができたのであり、両者の進行状況からみて、両車がそのまま進行しても行き違う際衝突事故を起こすおそれがあるばかりか、自車を極く僅かでも右に寄せれば行き違う衝突事故を起こすおそれの極めて高いことが予見されたのであるから、道路左側に寄り、センターラインとの間に相当の間隔をおいて進行し、もつて右対向車との衝突を避けることができたにもかかわらず、これを怠り、漫然センターラインぎりぎりの地点を進行したばかりか、更に自車を右に寄せて進行した過失により右事故を惹起させたものであるといわざるをえない。

従つて、被告松永は右過失によつて原告らに蒙らせた損害を賠償する義務がある。

(三)  被告会社が前記普通貨物自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義、同大石の損害を賠償する義務がある。

(四)  請求原因(二)の(3)の(イ)の事実は当事者間に争いがないから、被告会社は、民法七一五条により、本件事故によつて生じた原告会社の損害を賠償する義務がある。

(五)  しかし、前記認定事実によれば、本件事故の発生については、岩田桂次にも、被告松永運転の普通貨物自動車が道路北側のセンターラインぎりぎりの地点を対向して進行してくるのを認めながら、自らも道路南側のセンターラインぎりぎりの地点を進行した過失があるから、これを損害賠償額を決するにつき斟酌することとし、その減額割合は三割とするのが相当である。

三原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義、同大石の各訴取下の効力

(一)  訴状および原告ら訴訟代理人(同復代理人を含む。)提出の各準備書面の記載と弁論の経過ならびに<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

昭和四九年八月二六日に受けつけられ、同年九月二七日の第一回口頭弁論期日に陳述された訴状において、原告ら訴訟代理人の代理により、原告テツヨ、同秋人、同泉は被告らに対し連帯して各金一七七万五八四一円を請求し、原告桂義は被告らに対し連帯して右金額の倍額たる金三五五万一六八二円を請求し、原告大石は被告らに対し連帯して金四四三万九六〇三円(これは以上の原告ら全員の請求権を合算した金額の三分の一にあたる。)を請求し(いずれも付帯請求は省略する。以下同じ。)、右原告らは、岩田桂次の遺産の相続関係について、桂次は昭和四七年七月二〇日に死亡したが、妻子はなかつたので、桂次の母たる原告大石と、桂次と父母の双方を同じくする兄である原告桂義と、桂次と父のみを同じくする姉弟である原告テツヨ、同秋人、同泉が桂次の遺産を単純に法定相続したと主張していた。

次に、原告ら訴訟復代理人は、昭和五一年八月二四日受付準備書面において、原告大石の請求の趣旨を金一三三一万八八〇八円に拡張する(これは訴状における原告大石、同テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の各請求金額を合算した金額にあたる。)とともに、これを陳述した昭和五一年一〇月五日の第九回口頭弁論期日において、被告ら訴訟代理人の同意をえて、原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の各訴を取り下げた。

その後、更に原告ら訴訟代理人は、昭和五二年一月七日に受けつけられ、同月二五日の第一〇回口頭弁論期日に陳述された準備書面において、請求の趣旨を、被告らは連帯して、原告大石に対し金六六五万九四〇四円(これは原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義、同大石の請求額を合算した金額の二分の一にあたる。)、原告テツヨ、同泉、同桂義に対し各金一九〇万二六八六円、原告秋人に対し金九五万一三四三円(これは右金額の二分の一にあたる。)を支払えと変更し、岩田桂次の遺産の相続関係について、前示請求原因(三)(1)(ロ)のとおり主張し、前叙のように、前に原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の訴訟復代理人はいずれも右原告らの訴を取り下げたが、それは右原告ら訴訟復代理人において、岩田桂次の父である岩田義人が桂次より先に死亡したものと考え違いをしていたため桂次の相続人は母である原告大石のみであると信じ、その相続人に関する錯誤があつたからであつて、右取下はいずれも無効であると主張するに至つた。

他方、岩田桂次は昭和四七年七月二〇日に死亡したが、同人に妻子はなかつたので、桂次の父である岩田義人と桂次の母である原告大石が桂次の遺産を各二分の一の相続分をもつて共同相続したところ、義人は桂次の右死亡後僅か二〇日後である昭和四七年八月九日に死亡したが、当時同人に妻はなかつた(ちなみに、原告大石は桂次を出産した後約三年七か月後である昭和二二年九月八日に訴外大石米蔵と再婚しその届出をしている。)ので、義人と元の妻である原告大石との間の嫡出子たる原告桂義(桂次と父母の双方を同じくする兄)、義人と元の妻である訴外岩田モトエ(その後死亡)との間の嫡出子である原告テツヨおよび原告泉(いずれも桂次と父のみを同じくする姉)、義人と訴外合志タマエとの間の非嫡出子たる原告秋人(桂次と父のみを同じくする弟)の四名が義人の遺産を前三者は各七分の二の、原告秋人は七分の一の相続分をもつて相続した。従つて、結局桂次の遺産については、原告大石が二分の一、原告テツヨ、同泉、同桂義が各七分の一、原告秋人が一四分の一の相続分をもつて相続したことになる。

(二)  右事実と、同順位の相続人として兄弟姉妹が数人あるときは各自の相続分は相等しいけれども、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一であり、また同順位の相続人として子が数人あるときは、各自の相続分は相等しいけれども、嫡出子でない子の相続分は、嫡出子である子の相続分の二分の一であること(民法九〇〇条四号)を考え合わせると、次の事実を認めることができ、これを覆すにたりる証拠はない。

原告ら訴訟代理人は、当初訴状を陳述した段階においては、岩田桂次に妻子がなく、父も既に死亡していたし、また民法の相続人に関する規定を誤解していたところから、桂次の遺産については母である原告大石と桂次の兄弟姉である原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義が共同相続をしたものと解して、以上の原告らのため被告らに対し共同訴訟を提起した。

ところが、後に原告ら訴訟復代理人において、右は民法の相続人に関する規定を誤解していることに気づいたものの、桂次とその父義人の死亡の先後を錯誤し、義人は桂次より先に死亡したものと錯誤していたので、桂次に妻子のいない以上、桂次の遺産については母である原告大石のみが単独相続をしたものと解し、その結果原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の各請求額を原告大石の請求額に加算して同人の請求の趣旨を拡張するとともに、原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の各訴を取り下げるに至つた。

しかし、原告ら訴訟復代理人は、次の口頭弁論期日までに、桂次の父である義人は桂次が本件事故により昭和四七年七月二〇日に死亡した僅か二〇日後に死亡したことを知つたので、桂次の遺産については、義人と原告大石が一旦共同相続した後、義人の相続分を更に原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義が共同相続したが、右原告ら各自の相続分は訴状記載のそれとは異なることに気づき、次の第一〇回口答弁論期日において原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の前記各訴の取下が無効であると主張し、以上の原告ら各自の正しい相続分に応じて各請求の趣旨を変更するに至つた。

(三)  以上に認定した事実によれば、原告ら訴訟復代理人が原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義のためにすることを示してなした前記各訴の取下には、右意思表示をする重要な動機である桂次の遺産の相続人につき錯誤があつたが、右動機は表示されていたものというべきであり、表意者に重大な過失があつたことを認めるにたりる証拠はない。

(四)  次に、訴訟行為である訴の取下について民法に従つた錯誤による無効の主張が許されるかどうかを考えてみよう。

不法行為による損害賠償請求権の消滅時効期間は三年であり、本件訴取下の時たる昭和五一年一〇月五日は本件不法行為時たる昭和四七年七月二〇から優に三年を経過しているので、本件訴の取下の無効を主張しえないとすると、右訴の取下をした原告らは、故意又は重大な過失がなくても実体権を放棄したに等しい不利益を受け著しく苛酷であり、被告らを不当に利することとなつて、公平に反する。

この場合の原告らと被告らとの対立は、実体権を失うかどうかに直接関連する実体的な対立であるから、右訴の取下の効力は、私人間の実体的な利害の公平な調整を目的とする意思表示の瑕疵に関する実体法規によつて決定するのが妥当であり、これによる無効を認めても手続の安定を害することもない。

加うるに、本件は六人の原告から提起された共同訴訟の第一審において、四人の原告が訴を取り下げ、その分だけ残りの一人の原告が請求を拡張したものであり、昭和五一年一〇月五日の第九回口頭弁論期日において口頭で右訴の取下をした後、次回の昭和五二年一月二五日の第一〇回口頭弁論期日において訴の取下の錯誤による無効を主張し、右四人の請求金額を合算した金額だけ残りの右一人の原告の請求を減縮しているのであるから、被告らの社会生活上の法的安定を害するおそれは考慮するにたりず、訴の取下の無効を認めても訴訟経済に反しない。

他方、専ら訴訟法規に照らしてみても、行政事件訴訟法一五条は、取消訴訟において、原告が故意又は重大な過失によらないで被告とすべき者を誤つたときは、裁判所は原告の申立により決定をもつて被告を変更することを許すことができると定め、もつて故意又は重大な過失なくして出訴期間を経過してしまつた原告の不利益を救済することを認めているのであるが、その法意に照らし、少くとも右のように故意又は重大な過失なくして損害賠償請求権の消滅時効期間を経過してしまつた原告に対し、原告の変更、それも全く新しい当事者へ変更するのではなくして、元の原告への変更を許してこれを救済することが要請される(これは、例えば、不動産の善意取得者を保護するため民法の虚偽表示に関する規定を類推ないし拡張する累次の最高裁判所判例と共通の基盤に立つ)。

従つて、少くとも本件のような訴の取下については、民法に従つた錯誤による無効の主張が許され、又は行政事件訴訟法一五条の法意に照らし訴の取下の無効の主張(すなわち当事者の変更)を許すことができると考える。

そうすると、原告テツヨ、同秋人、同泉、同桂義の各訴の取下は無効であるといわなければならない。<以下、省略>

(池田憲義)

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